孤独と孤高の狭間で~男の自画像

40代の男。責任と孤独感ばかりが増える年代の、 仕事や家庭の中での出来事、世の中に対して言いたい 「独り言」。

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稀代の策士 保科正之

ちょっと重たい話題が続いたのでここらで力を抜いて。

保科正之の事を書いてみたい。

徳川2代将軍秀忠の正室はかなり嫉妬深く、秀忠が他の
女性と通じるのをひどく嫌ったらしい。
そんな中、ただひとり通じた女性がいた。それが正之の
母・志津である。
嫉妬深いお江与の方の目をかいくぐる為、幼少の頃は
武田信玄の娘・見性院に育てられ、武田幸松と名乗った。
しかし、そこは尼寺であった為に将軍家の子息を育てる
為に必要な武術や武士の心得を教える事ができない。
そこで見性院は父・信玄に使え、今尚自分を主君の娘と
して訪ねてくれる保科正光に預ける事にした。
保科は高遠藩5万石の藩主であった。

秀忠の子・家光をめぐるお家騒動は「大奥~第一章」で
あった通りだが、実の母や弟に愛されなかった家光は、
血の繋がったもう一人の弟への思いを寄せた。
兄・家光の思いだけで感激した正之は、心底から家光に
使えた。
父・秀忠が親子の名乗りをしなかったので、影から
徳川家を支えていく事に終始した。
実は徳川家臣の間では、正之が家光の腹違いの弟である
事は筒抜けであったが、末席に座り決して家光との血の
繋がりを口にする事はなかった。
家光には「葵の御紋」の使用を許可されても使わず、家光
の死後、幼総軍・家綱の後見人として、家綱に代わり善政
を行った。家綱三大美事である大名末期養子禁止の緩和
(大名が後継者を用意せずに亡くなった場合、お家断絶で
あったが、その死後に養子を迎える事を許した。)、殉死
の禁止(殿を亡くした家臣が後追い自殺をし、藩の要職に
ある人材を亡くす事を禁じた)、大名人質制度の廃止は
全て正之の発案で行ったもので、幼い将軍に対し、各藩の
大名達が尊敬される事を基本とした政策である。
他にも島流しをされた罪人への食事の提供、江戸の火災
後の復興等、数え上げるとキリがない。
その全てを江戸に詰めた状態で行い、国許の会津には20年
以上、帰らなかった。
その間に、数人の息子、娘を亡くし、家綱には亡くした
息子の面影を重ねる事もあったそうだ。
国許の会津は家老に任せたが、やはりここでも善政をひいた。
天候による凶作などで、食えない農民を助ける為のシステム
社倉制度作りをし、困った農民に米を貸し出した。
90歳を超える人材は国(会津)の宝とし、生きる限りの食い
扶持を保障した。現在の社会保障制度にあたる。
また、親孝行を奨励し、親孝行者は表彰し、これにも米を
与えた。

晩年、会津へ帰った正之は、社倉を見て歩き、90歳以上の
老人宅を全て回り、手を握って長寿を願ったそうだ。
この時、病のため正之の目はほとんど失明同然だった。
また、家綱に仕えて行った政道の資料を全て焼却している。
「ご政道は全て上様がなさった事。だからそこにわしの足跡が
残ってはまずいのじゃ。」
という言葉に、家臣は目頭を熱くしたそうだ。
稀代の策士と書いたのは、歴史上で有名な軍師の意味ではない。
あくまでも将軍の補佐として、日陰に身をおき、民の為の政治
に徹した保科正之こそ、将軍・家綱を育て上げ世間に認めさせ
た策士であると思う。
私を捨て、公に生きた本当の政治家である。

余談ではあるが、この保科正之が松平・会津の初代党首であり、
子孫に残した家訓にも徳川家への忠誠を第一と教え、徳川に
反するものがでればそれは我が子孫ではないから、その様な
者に家臣たちも仕えてはならぬ、とまで言っている。
9代目党首が松平容保であり、新選組を召抱え、最後まで
幕府軍として、会津の民まで新政府軍と戦い続けた。

新選組好きの私にとって、会津藩主とその祖先。
今年こそは会津へ行き、容保公の墓前に膝をついてくるつもり
である。
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  1. 2005/10/05(水) 03:36:32|
  2. 歴史浪漫
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

笑い話ですが、靖国反対論者と話していた時に、
「君は幕末の歴史では新選組をはじめ幕府側が好きなくせに、なぜ長州の流れを組む大日本帝国軍が好きなの?」と聞かれました。
素朴な疑問に笑ってしまいましたが大東亜戦争以前の日本人達は、国を想い、祖先を想った勇敢で、勤勉で、そして心優しい人々だと思っています。
幕府軍も靖国に合祀して貰えませんかねぇ?
でもいろいろと問題が起りそうですね。(苦笑)
ともあれ、今の政治家の方々には、織田信長ではなく、こういった良識と武士道精神を併せ持つ過去の政治家の行動を見習って欲しいものですね。
  1. 2005/10/09(日) 04:01:40 |
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